2番ホームに、A市行きの快速が入ってきた。夕方のこの時間帯はホームは人でごった返している。いつもより少し早く仕事を切り上げた美和子は、ホームへの階段を駆け足で上がると、何とか快速に滑り込んだ。混んでいるときは最後に乗るほうが、扉近くの場所をキープできるのでむしろ都合がいい。
「駆け込み乗車は大変危険ですので、おやめください」そう車内アナウンスが流れると、電車は動き出した。
走ったせいで汗が出てくる。間に合ったという安堵感と同時に、背中に張り付いたシャツが気持ち悪い。バッグからスマホを取り出してラインの着信がないかチェックしていると、お尻のあたり何か当たっているのに気がついた。瞬間的にイヤな予感がした。1年くらい前にも被害にあっていたので、すぐにピンときた。混雑を装ってスカートに手の甲を押し付けているのだろう。
すぐ後ろにサラリーマン風の男が立っていたのは知っていた。手はその男のものだろう。全身にもみくちゃになって、様々なものが体に押し当てられてくるので、最初はお尻にカバンでも当たっていると思った。
200%を超える乗車率で、蜘蛛の巣に絡め取られた虫のように身動きが取れなくなっていた。体が動かないのはもちろんだが、尻に押し当てられた手によって、精神的にも美和子は怖気づいていた。やめるように男に言うことができない。まして、大勢の中で声を出すなどとうてい出来そうもない。普段は若手の男子社員を相手に、品の無い冗談を言うこともある美和子だが、満員電車の中での痴漢行為に対しては全く勝手が異なった。なすすべのなさに無力感に襲われる。
腰をずらして逃げようとするのだが、体が動く範囲が限られているので限界がある。手の甲をお尻のくぼみに押し付けられて、そこが定位置であるかのように動かなくなってしまった。電車の揺れに合わせるように、徐々に指先をお尻のくぼみに突き立ててくる。
ドアにへばりついていると、窓の外には24時間営業のスポーツジムが見えてきた。窓際に並べられた自転車を10人ほどの男女が軽快に漕いでいる。美和子のピンチに気がつくはずもなく、勢いよく後方へ流れていった。
最初の駅に着くと、他の乗客が降りるためにドア付近の客は、一旦ホームに降りなければならない。 美和子は扉が開くと同時に男の手から逃げるようにホームへ降りた。奥から次々に乗客が降りてくる。
先に乗り込んで座席近くに場所を変えるつもりだったが、乗り込もうとすると不意に肘を掴まれた。ギョッとして振り向くと、手の主であろうサラリーマン風の男が美和子の肘を掴んでいる。すぐに前を向き直り、恐怖でかたまってしまった。
「殺される」
とっさに自分の中のアラームが鳴り響いた。これだけ大勢がいる電車で、殺されるはずもないが、危機が迫っているのは確かだ。 下手に抵抗したら何をされるかわからない。美和子は男に肘を掴まれたままふたたび電車に乗り込んだ。
誰も気が付かないものだろうか。美和子は助けを求めるように周りを見渡したが、皆が一様に進行方向を向いており、スマホに顔を落として人と視線が合わないようにしている。 男は真後ろに回り込んで、ふたたび美和子に体を付け始めていた。
美和子が声を上げないことを確認したのか、男は密着させながら、見えないようにスカートをたくしあげた。男の手はそれまでとうってかわって、湿っぽく美和子の股を這い回る。なぜかわからないが、抗えないと感じた。声を出せば間違いなくこの男は警察に捕まるだろう。しかし、声が出ない。まるで自分のものであるかのように、手のひらは腰のあたりを勝手に動き回る。傍若無人に振舞う手のひらを、触られる身体を他人のように美和子は感じた。
そうこうしているうちに電車は次の駅に到着して、男は美和子から離れて降りていった。ほっとすると同時に、取り逃がしたことへの後悔もわきあがる。しかし、追いかけて警察に突き出すような勇気もなかった。二駅に渡って腰を触られつづけて、15分が数時間にも感じられた。
地元の駅につくと美和子はトイレに駆け込んだ。鍵を内側からかけると、不意に現実に戻ったかのように悔しさと恥ずかしさがこみ上げてくる。カバンからハンカチを取り出すと鼻の辺りに押しつけた。言いようのない嫌悪感。見知らぬ男から向けられた暴力に憤ると同時に、惨めにバラバラに崩された自尊心を繋ぎ合わせようとした。
下着をおろすと、透明の糸がスッと陰毛のあたりで切れるのが見えた。股の部分にべっとりと自らの粘液がへばりついている。美和子は力なくトイレットペーパーを数回手に巻きつけて、下着についた汚れを拭き取った。


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