姉である有希の高校受験祈願を兼ねて、家族で初詣に行くことになった。小学5年生の悟は車での遠出が好きだし、初詣の神社には出店などもあるのでそれも楽しみだった。
「やった」
そう声を上げると悟は玄関を飛び出して、車庫の周りをぐるぐると駆け回る。
「下の道を行くか」
運転手である父がいう。高速道路などを利用しても良かったが、目的の神社は比較的山間のところにあるので、インターチェンジからの距離などを考えると、下の道でもさほど時間は変わらないらしい。
父の運転する車で有料道路などを通りながら、一時間ほどで目的の神社へ到着した。受験で有名なその神社には、県外からも多くの参拝者が訪れる。山間の割には車の通りが多く、悟たち同様、県外ナンバーも多い。まだ沢山空いている広い駐車場に車を留めて、徒歩で神殿のほうへ向かった。
さすがに初詣の人出が多い。悟が期待していた出店も駐車場の前あたりから、ずっと本殿に向かって軒を連ねている。鳥居周辺には出店特有の甘いいい香りが漂っていた。悟のお目当てはくじ引きでおもちゃを当てる店だ。良い景品になるとゲーム機などが貰えるのだ。しばらく歩くと悟の期待通り、くじ引きのお店が見えてきた。
「おかあさん、200円恵んで。」
「どうするの?」
「くじ引きしたいから」
横から有希のチャチャが入る。
「どうせPS4なんか当たらないわよ。」
冷静な父がお参りが済んでからと悟をたしなめた。
「まずは、おねえちゃんの合格祈願が済んでからだ。悟も再来年は中学生だから、勉強を頑張らないとな。」
高いところに飾ってある、少し日に焼けたPS4の箱を横目に参道を進んでいく。
神殿のかなり手前からお参りの列が出来ていて、4人はその最後尾に並んだ。正月らしく雅楽の笛や太鼓が流れてくる。なんという曲かは知らなかったが、この音楽を聞くといかにも正月らしく、悟は神妙な気持ちになる。くじ引きの事は置いておいて、まずは新年のご挨拶はしなければという気持ちになっていた。
本殿が間近に迫ってくると、母が財布を開いて全員に10円玉を握らせた。長い列のようで、意外に前に進むのは早い。いよいよ悟たちの順番だ。悟が勢いよく鈴緒を引っ張ると、鈴がガラガラと大きな音を立てる。父と悟はさっさとお参りをすませたが、母と有希はいつまでも手を合わせている。最後は神様の力でなんとかということか。
「お母さんも受験の時はこの神社にお参りしたのよ。」
合わせた手を戻しながら母は悟に話しかけた。
「合格したの?」
「もちろんよ。」
母は県内有数の進学校に通っていたらしい。そこに合格できたということは、ご利益は折り紙付きなのかもしれない。悟はそんなふうに思った。
「ねえちゃんも合格するかな?」
「当たり前でしょ。」
むっとしたように有希が悟のほうを振り返る。
「頑張ってもらわないとね。悟が受験する時もまたお参りにこようね。」
まだ先の事だと思っていた自分の受験の事に触れられて、悟は少し気分が重くなる。悟はあまり勉強が好きではなかった。
お参りを終えて、本殿の裏を散策していると小さな祠があった。祠の前には10人くらいの行列が出来ていて、行列の先頭には縦に長い帽子をかぶって白い着物を着た男の人が椅子に腰かけている。
「平安時代の人みたいだろう。あれは狩衣という神主が着る衣装なんだ。」
と父が説明した。
神主の前には参拝者の女性が立っていて、女性の腹のあたりに手を添えてうつむき気味に何やら呪文のようなものを唱えている。父によるとこの神社に昔からある女性の健康を願うお祓いらしい。ここは安産や不妊などの神様でもあるのだ。
悟には女性の健康が何のことだかよくわからなかった。
「女の人だけがかかる病気があるんだ。」
子供にもわかるように説明する父。
突如、神主をかぶった男が女性のスカートの裾をつかみ、そのスカートを腰まで巻き上げた。彼女の上半身はゆったりとしたダウンジャケットを着込んでいる一方、下半身はグレーのストッキングとそこから透けて見える下着だけという変な格好になってしまった。その光景は、悟の視界に突如として現れた。
悟はこの光景に驚きを隠せなかった。学校では、スカートをめくられると女子生徒たちは叫んで逃げ回るものだ。しかし、この場では女性は男の行為を黙って受け入れていた。
「あなた」
母が父に何かを伝えようとしているが、父は母を制した。
「いいじゃないか。これも勉強だ。」
スカートが落ちないように女性に裾を持たせた後、男は両手を使って女性の太腿と尻をそっと撫で始めた。彼は抱擁するかのように背後から手を回し、女性のお尻を触り始めた。神主の指はお尻の割れ目に食い込んでいて、彼が手を離した後も、その食い込みははっきりと残ってしまっていた。
神主は女性の膝をつかんで、大きく足を左右に広げさせた。担任の山田先生よりもちょっと歳が行っているくらいの中年の女性は、促されるまま足を広げて腰を落とした。悟はお相撲さんがしこを踏んだ時の姿のようだと思った。すっと背筋が伸びていて、女性が土俵入りをしているような光景に悟は目を奪われる。
大きなお尻を包む白いパンツの真ん中に、ストッキングの線が走っている。悟は母親以外の女性の下着姿をほとんど見たことがなく、いきなり現れた目の前の光景になんだかわからない興奮を覚える。母親のそれと似ているようで、まったく違うもののように感じた。
神主の隣には見習いらしい若者が立っていて、その男が30センチほどの木製の棒を手渡した。神主はその棒を女性の股の真下から立てるようにあてがい、円を描くようにゆっくりと動かした。何のためにこんなことをしているのか、悟にはその意味するところはわからない。何をしているのか知りたかったが、聞いてはいけないような気がした。そして、ただ、目の前で行われている卑猥な儀式に夢中になった。悟は思わずズボンのポケットに手を入れて猫背になる。
「これは、女の人の厄を払って、今年一年健康で居られるようにというお祓いをしているところだよ。」
父は腕を組みながらお祓いから目を離さずに説明した。
「あの棒はなに?」
今なら聞けるような気がして、悟は質問をぶつけてみた。
「ここの神社のご神体だよ。悟にもあるちんちんだな。」
ご神体がなぜちんちんなのかがわからなかったし、もしそうだとして股にこすり付けて何をしているのか余計に謎は深まった。神主は右手に持った棒をわずかに動かしながら、ギョロリとした目つきで女性の顔を見上げている。あの女の人はどんな気持ちなんだろう?と悟は想像してみた。恥ずかしくて嫌なんじゃないかな・・。しかし、スカートめくりの時の女子の逃げ回りようとは、あまりにも違う。じっとして動かずにいることが大人の振る舞いのような気もする。こういったことで騒ぐのは子供なのかもしれない。そんな考えが悟の中に芽生えていた。
そうしているうちに女性は身なりを整えて神主に一礼して去っていった。時間にして2,3分程度だっただろうか。悟にはすごく長いような短いような、不思議な時間に感じられた。若い男が葉っぱのついた木の枝を桶の水に浸すと、神主の手元を数回叩くような仕草をする。神主は手拭いをとりだして拭きとった。父の説明によると手を清めたらしい。
「昔は実際に棒を入れてたんだ。さすがに今は衛生面や色々問題があるから形だけなんだろうけどな。」
母のほうを向きながら父が言う。
「え?ここでパンツ脱ぐの?」
有希が顔をしかめながら、嫌悪感を隠さずに吐き捨てる様に言った。
「もっと大昔は神主が実際にやっていたんだ。」
「あなた。」
再び母が父を制するように声を張る。それにはちょっとばかり言い過ぎたと父は肩をすくめた。
「日本の文化とか伝統っていうと、いい面ばかりを見がちだが、実際には現代の価値観にそぐわない部分も沢山あるんだよ。それを含めてどう継承していくかというのが難しいことなんだ。手を清めるところだって、昔の人は女性を不浄なものとして考えていた名残で、今だったらとても許されることじゃないけど、形としては残っている。」
入れるってどういうことなんだろう?伝統?
悟の中では???が積み重なりすぎて、もはや訳が分からなくなりつつあった。ただ、意味は分からなくても次々と参拝する女性の下着姿を、半ば無意識に目に焼き付けることに没頭していた。
年配の女性から、若い女性まで幅広い年齢層の人が列をつくり、多種多様な下着が目の前に現れる。黒いストッキングから薄っすらと透けるピンクの下着や、世帯じみたベージュ下着など様々だ。中には恥ずかしさからか、スカートの裾からパンツが少し見える程度しか上げない人もいた。しかし神主は気にも留めずに背中が見えるくらいまで捲り上げてしまう。そして、全ての女性が棒の動きに合わせて腰をくねらせているのを、神主はだまって見つめているのだ。向こうのほうで、高校生くらいの若い女子3人組がゲラゲラと笑っている。大人の女性はこういったことでは騒がない。彼女たちはまだ子供なのだろうと、少し上から目線で悟はその高校生達を眺めた。
「お姉ちゃんと店を見てきたらどうだ。さっきのくじ引きでも引いてこい。」
と父が有希と悟に千円ずつ握らせたので、悟は子供らしく喜んでその場を離れることにした。
「いくよ。」
と、その場から離れたがっていた有希と一緒に出店が並ぶ参道へ引き返した。
有希が口を開く。
「あんた、もっと見たかったんでしょう?」
いきなり図星をつかれたが、平静を装った。
「別に。」
別に、が悟くらいの年齢の小学生なりのクールな切り返し方なのだ。こう言っておけばメンドクサイ会話を回避できる。
ふんと有希は鼻を鳴らして見逃してやるといった態度をとった。
「あれ、最悪よね。」
「別に。」
興味があることがバレるのが嫌だった。でも、否定するのも興味があるのと同じことなので、あくまで無関心を貫くのが得策と本能的に悟は感じていたのだ。
さっきのくじ引きの店の前までやってきた。日に焼けたPS4は、まだ景品棚の一番高いところに飾ってある。
どうせ当たらないと止める姉をよそに、店の人にお金を渡すと、沢山あるひもの中から一本だけを選んで引いてみた。紐の先についている景品がもらえるというわけだ。紐についていたのはキーホルダーだった。気を取り直してもう一度・・・。今度はキャベツ太郎と袋に書かれたスナック菓子だ。結果は有希のいう通り、二回分の代金400円は猿のキャラクターがついたキーホルダーとスナック菓子に変わっただけだった。有希は猿のキーホルダーが気に入ったようなので、悟は200円で譲ることにした。
悟と有希は鳥居付近の石垣に腰を下ろしてスナック菓子を食べていたが、どうも落ち着かない。狙っていたPS4が外れて、興味はあのお祓いに戻ってきていた。というよりもあのお祓いを見てからというもの、PS4のことなど忘れてしまっていたというのが悟の本音だった。特に若い女の子よりも、中年女性の青白い腿に悟は妙にそそられた。それは若い女性があまりストッキングを履いていないのに対して、中年の女性はストッキングの着用率が高いためかもしれない。
悟が両親の所へ戻ろうというが、有希は動かない。
「まだ、早いわよ。」
と有希は言う。
何が早いのか分からなかったが、有希が引き留めるのを無視して悟は両親がいる本殿の裏へと向かった。あの神主の顔が悟の脳裏を横切った。なぜ、神主がスカートを捲っても女の人は嫌がらないんだろう?その疑問で頭がいっぱいになる。嫌がるどころか神主の前に列を作っているではないか。その事実が悟にはまったく理解できなかった。神主が女の人がうっとりするような美男子というわけではない。むしろ目がぎょろりとしていて、見ようによっては少し人相が悪いように思える。
神主というのは神社へ使える人であり、そういった人には黙ってしたがうのが大人のマナーなのだろうか。悟はそんな思いを巡らせながら、ズボンの前のふくらみを隠しながら、本殿の裏へと急いだ。悟はまだ自分で処理する術を知らなかったが、とにかく続きが見たかった。
あの祠の前には相変わらず行列ができていた。両親はその辺にいるだろうと見渡すが、元居た場所には見当たらない。そうすると、驚くべきことに父と母が行列の中にいることに悟は気が付いた。前から4番目くらいだろうか。もうすぐ母の番・・・になるところだ。
悟は驚きと同時に何か得体のしれない無力感に襲われる。
「ああ、もう」
聞き覚えのあることが後ろから聞こえる。走って追いかけてきた有希だ。
「あんた、何で戻るのよ。」
「だって・・」
「まだ、早いっていったでしょ。行くわよ。」
有希の言葉の意味を飲み込んで、悟は黙ってついていくしかなかった。

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